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特集 : 平成26年度 宮城野高生的「社会人」生活 Web版

宮城野高校進路指導部様から依頼を受け、昨年度当ウェブサイトでも募集した宮城野高校卒業生からの寄稿文ですが、この度当ウェブサイトでも公開できることとなりました。また平成27年度版の寄稿文も現在当ウェブサイトで募集中なので、ぜひご応募ください。
※掲載した文章は全て本人からの許諾を得て公開しております。

1回生 小松孝輝

(1) 高校卒業後の進路は…
平成10年4月 金沢大学入学(工学部土木建設工学科)
平成14年3月   同  卒業
平成14年4月 東北大学大学院入学(工学研究科土木工学専攻)
平成16年3月    同   修了
平成16年4月 仙台市役所入庁(大学卒程度 土木)

(2) 職場紹介
仙台市役所は、一番町商店街の突き当たり、勾当台公園市民広場の北側にあります。職員数は約9,500人、市役所や区役所で働く行政職員のほか、保育所の保育士さんや市立病院の看護師さん、消防士さんなども仙台市の職員です。
市職員は「職種」ごとに採用され、職種に応じた部署や業務を担当しています。「事務職」の担当する分野は幅広く、スポーツや文化振興、観光や国際プロモーション、環境分野など市政のあらゆる分野の施策立案から、税務、窓口業務まで様々な業務に携わっています。昇進が早く、市政の中心を担っている職員の多くも事務屋さんです。その他、福祉・技術系の職種としては、「福祉」「衛生」「農業」「土木」「建築」「機械」「電気」「化学」「心理」「保健師」などがあり、それぞれ関連する部門で専門的な知識や技術を発揮しています。私は土木職です。勤務地はほとんど仙台市内となっており、市役所本庁舎、各区役所のほか、交通局(木町通)、水道局(南大野田)、ガス局(幸町)などもあります。
現在の仙台市政の主要事業は、災害復旧・復興と、その先を見据えたまちづくりです。地下鉄東西線は今年開業予定となっており、東西線を中心とした沿線のまちづくりが進められているところです。3月には国連防災世界会議という国際会議が仙台市で開催されます。市民へどれほど浸透しているかはわかりませんが、開催に向け全市的に準備が進んでいます。
公務員のイメージというと、「安定している」「クビにならない」「休みが多い」「残業がない」などでしょうか。実際には、忙しい部署・全然忙しくない部署、仕事のできる人・できない人、する人・しない人、といった差があるような気がします。ここにはあまり過激なことは書けませんが、これじゃー公務員が批判されても仕方ないなと感じることもありますし、その一方でとてもやる気のある人、優秀な人もいます。また、地震などの大規模な災害時には、自身と家族の安全を確認したら、あとは市民のために全力を尽くさなければならない使命を持っています。これは消防の職員に限らず全職員の義務です。

(3) 「仕事」の内容
私は平成16年に仙台市役所に入庁しました。初任地は南蒲生浄化センターという下水処理場で、2年間水質検査の業務を担当しました。その後、下水道管の建設を3年間、下水道計画を3年間担当しています。
現在は、建設局下水道事業部下水道調整課という部署で、老朽化の進んだ下水道施設を守るための対策を計画する仕事などを行っています。2012年、山梨県の中央自動車道笹子トンネルで天井板が落下し、死傷者が出た笹子トンネル天井板落下事故を記憶しているみなさんも多いと思います。現在日本では、さまざまなインフラの老朽化が大きな問題となっており、それに伴う事故を未然に防ぐための対策が極めて重要な課題となっています。
仙台市の下水道事業では、その対策として「アセットマネジメント」という手法を用いて事業を運営する仕組み作りの準備をいち早く開始しました。現在、仙台市下水道事業のアセットマネジメントシステムは、日本の他自治体、他事業の中でも非常に先進的なポジションにいます。このため、市内部の業務のほか、全国の自治体などを対象に、講演や研修などもさせてもらっています。ただの地方都市に過ぎない仙台市が日本をリードするようなことは珍しく、その中心的な業務に携わっている現在は非常にやりがいを感じています。

(4) 在校生へのメッセージ
①進路選択について
・大学進学
高校生の頃、建築に興味があり、建築学科に進みたいと考えていました。一方大学は地元ではなく外に出たいと考えてもいて、縁もゆかりもなく、1度も訪れたことはないものの、何となくイメージで、石川県の金沢に行ってみたいなと思っていました。一人暮らしになるし私立より国立の方がいいだろうと調べてみると、石川県には金沢大学という大学がありました。しかし工学部には建築学科がなく、近そうなものとして土木建設工学科という学科がありました。建築学科より金沢へ行く気持ちが強かったため、金沢大学を志望することにしました。結局金沢へ行ったのは、入試の時が初めてです。
・大学院進学
大学3年生ぐらいまでは特に進学も考えておらず、卒業して建設会社などに就職するんだろうなと思っていました。大学3年生から4年生になる春休みに、大学の研修で、首都高の管制センターのような施設を見学する機会がありました。その施設がとても面白く、4年生の研究室配属の際に、それまで全く興味のなかった交通計画の研究室を希望し、そこへ配属されました。
そしてその研究室や、研究自体も面白く、また研究室のメンバーにも恵まれ、そのまま進学してもう少し勉強を続けたいと考えるようになりました。両親にその希望を伝えると、進学に対して反対はされませんでしたが、実家からは東北大学大学院の受験願書が送られてきました。試験日が別々だったため、金沢大学大学院と東北大学大学院の両方を受験しました。
結果、両方に合格したのですが、どちらに進学すべきか、自分ではどうしても決断することができませんでした。そこで、同じ研究室の同級生8人に、1人ずつ個別に相談しました。「地元だから」「両親が言っているのだから」「金沢大学より東北大学の方がいいから」「経済的負担が少ないから」「大学とはまた別の先生のもとで違った勉強をすることで視野が広がる」など、8人それぞれ理由は別でしたが、答えは同じでした。この時まで友人にも先生にも、東北大学を受験していることは話していなかったのですが、みな親身になってアドバイスをしてくれ、本当に感謝しています。金沢大学への辞退届と、東北大学への確約書のようなものを提出してから、両親に報告しました。親からは「てっきりそのまま金沢大に進むだろうと思ってた」と言われました。
ちなみにこの時、院試と合格発表との間の、来年どこで何をしているかわからないタイミングで、当時の恋人に「どっちの試験に受かるかわかんないし、もしかしたら両方落ちるかもしれない。それから就職先探して来年金沢でも仙台でもなくてまた別のところにいるかもしれないけど、どこに行くとしてもついてきて欲しい」みたいな、実に男らしいけど無茶なことを伝えています。
・就職
大学院でも計画系の研究室に入り、公共交通をテーマとした研究を行いました。就職先も交通計画などに携わりたい、またできればお世話になった先生方と一緒に仕事ができればいいなと考えていました。そうなると、コンサルタントや役所が選択肢になってきます。私は大学院修了前の平成16年3月に結婚したのですが、就職を考える時、結婚や子育てをリアルに考えた結果、転勤や子供の転校の可能性が低い仙台市を受けることにしました。
②宮城野高校の学びと今の自分
現在私は市役所で下水道の仕事をしています。公共交通がやりたいと思って入ったのに、市役所に入ってから11年間ずっと下水です。もともと下水道に興味があったわけでもないし、大学、大学院の6年間の専門知識などほとんど関係ないです。こうして高校から今までを振り返ってみても、何となくやりたいことは思い浮かべていても、たまたま別のものに触れる機会があり、関わってみるといつもとても面白く、楽しんで勉強や仕事をすることができたと思っています。その時その時、身に付いている知識や経験なんてほんのわずかです。何か新しいものに触れる時に、決して目をそらすことなく、興味を持って取り組むこと、またそれを面白いと思えることで、一段と視野が広がると思います。開校してもう20年の宮城野高校ですが、どんな高校になるのかわからない中で私たちは1回生として入学しました。この時の新しいことにチャレンジする気持ちが、今の自分につながっていると感じています。
市役所という組織は、仕方のないことではあるのですが、どうしても前例踏襲になってしまったり、型を破って新しいことを始めたりするのが難しいところもあります。ただ、今の時代、お役所であっても、組織も職員も変わっていかないと世の中の変化に対応しきれないと思っています。そのため、私自身は公務員らしくない公務員になりたいと思っているし、そのような意識を持った若い人たちが将来の仙台市を支えてくれることに期待しています。
みなさんに公務員になること、仙台市役所へ入ることを勧めるわけでは決してありませんが、もし少し興味を持った時、または仙台市役所に入庁した時などにはぜひ声をかけてもらえればと思います。

1回生 及川礼奈

あなたの「ワワククすること」「好きなこと」「気になること」は何ですか?

私が高校時代に経験した母の入院、何度も目の当たりにした愛犬ポチのお産、従兄弟の誕生。これらの事から、いつの頃からか「命」や「うまれる」ことに興味を持ち、「産婆さん」への夢を抱きました。
「どうやったら産婆さんになれるんだろう」
「産婆さんって、“助産師”という資格を取って働いているんだ。助産師になるにはまず“看護師”になることが必要なんだ」
「文系を選んだけど、医療系の学校に進学する科目は学べるのかな?」
・・そこから私の道はスタートしたのでした。
 
【高校生活について+α】
私たち1回生は、様々な機会に「10年後の自分は、どうなっている?」と未来の自分を想像することの大切さを教えていただきました。常に頭のどこかにその問いはありながらも、答えがすぐには見つからなかった私。
さらに、背伸びをして入学した為に中学校では成績の良かった勉強も、宮城野では順位がだいぶ落ちてやる気が無くなってしまっていました。今だったら俯瞰の目で見ることができるので、相対的に考えたら納得できることなのですが…(笑)。人って自分が何か大変なことがあったり落ち込んでいる「渦中」にいる時には視野が狭くなってしまって大事なことが見えなかったりしますよね。そして、周りにいてくれているご両親や、先生、友人には、冷静に見えていたりするものです。弱音を吐くのが苦手だった私は、そのありがたみになかなか気付けずにモヤモヤすることが多かったです。
好きな言葉に『人生から「当たり前」と「普通」を無くしたら、「感謝」の気持ちでいっぱいになるよ♪』があります。耳の痛い話でもありがたく聴くこと、日常の中で起こる一つ一つの出来事(朝食を毎日食べられるのは、作ってくれる人がいて、その食材を買ってくれた人がいて、さらには食材をお店まで運んでくれた人、農家の人がいてくれるおかげ)にも感謝する心を大切にしていけたら良いですよね。そこからまた新たに見えてくるものがあったりすると思います。

話を戻しますと、高校時代に頑張ったことといえば、住んでいた利府町から田子までの自転車通学、放課後のバレーボール、友達とのおしゃべりでした(笑)。美術家の友達が放課後も真剣に制作に取り組む姿や、土曜ゼミでニュースキャスターの方のお話を聴いた事等、宮城野ならではの刺激も大きかったです。幼稚園の時の夢は、お花屋さん。小中学生では幼稚園の先生。どれも、高校生の私にはピンときませんでした。また、私の好きなことは、人と関わること、体を動かすこと、変化があることです。当時流行ったバスケットボール漫画「スラムダンク」をよく読んでいたので、自分らしさを生かしながら集団の中で輝けることにも憧れていました。そして頭の片隅ではいつも「10年後の自分」を想像していました。
そんな私の日常の中に入って来たことが、冒頭に書いた出来事たちでした。きっと、同じ経験をしても私のように産婆さんの夢に繋がることは少ないでしょう。それが自分らしさ・個性なのだと思っています。
自分のやりたいこと、好きなことのためには自然とエネルギーが注げます。この私が、文系からでも理科が2科目必要な医療系の学習をやり遂げたのですから。もちろん、宮城野の先生方にはたくさんお世話になりました。夢を応援してくれる人がいてくれるってすごく心強いです。「わかる」「理解できた」が増えていくと、次の項目も学ぼうという「やる気」につながっていったのを覚えています。この「知識欲」をくすぐることが私の学習のコツでした。

宮城野高生のみなさんには、ぜひ自分の深いところに耳を澄ませて、幸せな未来を、自分で選んでいって欲しいと思います。日々の行動の中でたくさんの価値観に出会ってください。宮城野はその機会に恵まれていると思います。たくさん行動をしてたくさん気付きを得てください。色々な本を読むこともおすすめします。社会は誰かの仕事で成り立っています。いつの日か、どこかでみなさんにお会いできることを楽しみにしています!

【ボランティア活動】
現在育児休暇中の私は、「仙台mamaカレッジ(通称ママカレ)」というママや女性のための学び場で広報スタッフとして関わらせてもらっています。ブログやフェイスブック等で初めて集客というものを経験しています。ママカレは~ママが学べば家族がより仲良くなる~をコンセプトに、「お金のプロ」「教育のプロ」「食育のプロ」など各分野のプロがご家庭ですぐに役立つセミナーを提供するママや女性のための学び場です。いつも頑張っているママたちに笑顔になってもらいたい、ママが学ぶことで子供や家族みんなにも波及効果があり、未来がもっとワクワク楽しくなることを目標に毎月開催しています。
それぞれの分野で活躍する方々と同じ目標に向かって活動することは、本当にたくさんの出会いや学びがあり、人との繋がりに日々感謝しているところです。

【医療現場で働いて思うこと】
助産師として働いて、自分が母になってみて「命」を授かるって本当にすごいことだなと感じています。「元気に生まれるのが当たり前」と思われがちですが、決してそうではありません。育たない命、助からない命もあります。10か月の妊娠期間を経てようやくたどり着くお産の場面では、赤ちゃんが主体です。陣痛も赤ちゃんが生まれようと降りてきてくれてはじめてスタートします。お母さんは赤ちゃんの「生まれたい」という意思を受けて、「よし、私が赤ちゃんのために頑張って産んでやろう」と来たものを受け止める気持ちで覚悟を決めて、陣痛を乗り越えます。「痛いよー」「もう無理―」と逃げ腰ではお産はうまく進みません。赤ちゃんとお母さんの共同作業です。
「生まれてきてくれてありがとう」「わあー、元気に生まれたー」
一人の生命の誕生には、大勢の人たちの努力や祈りが込められています。
出産したお母さんは、とっても優しい顔をしています。赤ちゃんは一人では何もできません。泣いたら抱きしめてあやしたり、母乳やミルクをあげたり、オムツを替えたりということを、みんなやってもらってきました。
そうして大事に育まれてきた本当に尊い「命」。
今あるかけがえのない「命」を大切に。

 【職場紹介】
仙台市立病院に就職(助産師・看護師)
小児科病棟→産科病棟→仙台市子供未来局へ出向、親子こころのクリニック(児童精神科)
→児童相談所→仙台市立病院へ戻る、産科病棟→産科外来→現在は産休・育休中

1回生 尾形哲也

楽しく働くということ

宮城野高校の先輩の中で人生経験が一番長い1期生として、私が皆さんにお伝えしたいことは、これから高校を卒業して、社会に出るまでの時間を大切に使ってほしいということです。これから皆さんが社会に出るまでの時間は人生の中でも最も貴重な時間です。いったん社会に出てしまえば、自分のことだけに使える時間はぐっと少なくなります。進路というと、どの大学に行くとか、どの学部にするといったことに目が行きがちです。しかし、大切なのはこの限られた大切な時間に何を考え、その先にある自分の未来を豊かにするためにこの時間をどう使うかということです。私はまもなく35歳になりますが、もし今、高校の時の自分にアドバイスを送れるとしたら、どんなメッセージを送るか、そんなことをイメージして書いてみました。

【自分の経歴】
1998年 宮城野高校第1回生卒
~2002年 筑波大学体育専門学群 体育会サッカー部所属
2004年から石巻消防に7年間勤務し、2010年3月退職
2011年6月にWEB関連事業で株式会社フロム・インパクト設立。現在4年目。
さらに2012年9月から仕事をしながら経営大学院に通い、経営学について学んでいる。

■あなたは「働くこと」に対してどんなイメージを持っていますか?
できることなら働きたくない、ずっと遊んでいたい。そんな思いはありませんか?私は、高校のときまさにそう思っていました。だから、私は大学にいったら楽しい時間を満喫することばかり考えていました。実際、大学に行ってからも4年間のうちのほとんどの期間、社会に出ることを意識したことはありませんでした。いざ就活の時期になって消防への就職を決めたのも、大学4年生で始めたサーフィンを社会人になっても続けたいという単純な理由。消防は24時間勤務で働くので、1日おきに休みになるため、趣味に使う時間が多く取れるのです。
私が尊敬する人のひとりに幻冬舎という出版社の見城社長がいます。その見城社長がある書籍の中で次のように語っています。
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仕事が楽しければ、人生も愉しい-。幻冬舎の男性誌『ゲーテ』のキャッチコピーだが、これは自明のことではないか。「仕事はほどほどに、趣味や自分の時間を大切にしています」という人がいる。特に最近の若者に多い。そういう人に私は問いたい。
「そんな人生で、楽しいか?君は朝の9時から夕方5時まで、1日8時間もつまらない時間を過ごしているのか?」
 仕事、イコール人生なのだ。仕事は人生に直結している。
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できれば働きたくないという思いは、私だけでなく、世の中の多くの人が思っているこようです。でも、働くという時間から逃れられないなら、つまらなく働くのではなく、楽しく働くほうがずっといいはず。そのほうが人生もずっとハッピーになると思います。では、仕事が楽しいって思えるにはどうしたらいいのでしょうか?

■実は仕事はめちゃくちゃ楽しい
今、私は仕事がすごく楽しいです。仕事が楽しくなったのは、起業してからのこと。仕事はつまらないものと思っていた私がそう思って仕事をしているのだから不思議なものです。しかし、私も社会に出てはじめから仕事が楽しかったわけではありません。消防士の時代は、どちらかというと、仕方がないから働くという“受け身”的な姿勢でした。だから、仕事に対してそれほどモチベーションは高くはありませんでした。しかし、起業後は特に意識しなくても仕事をやりたい気持ちがどんどん湧いてくるんです。それから仕事を嫌だとか、ネガティブに感じたことは一度もありません。もちろん、仕事においては当然苦しいときもあります。しかし、その困難を乗り越えるという達成感こそが仕事のやりがいだと思っていて、私はそれらを含め楽しいと感じているんです。
あとから分かったのですが、私は起業のような混沌とした状態にワクワクし、モチベーションが上がる特性を持っていたということです。楽しいことはやめろと言われたってやりたくなりますよね。さらに私はそういう混沌とした状態の中で、打開策を練って実行することが好きなんです。私が自分を客観的に分析したものがこれです。
◇私の強みとその強みが活かせる環境
私は難しい問題が目の前にあったり、難しい状況に置かれるとすごくワクワクします。また、状況が整理されていないカオスな状態、これまでやり方が通用しない未知の領域にもワクワクします。私の強みは、このような状況の中で、ひと呼吸置いて状況を分析し、打開策や攻略法を練ることだ。
起業後の創業期にある会社は、いっさいなにもないゼロの状態から事業を立ち上げることになるので、毎日がほぼカオスとなる。そのような状況で、限られた人員と予算でやるべきことを整理し、優先順位を付け、役割を分担して進めていく必要がある。そのカオスな環境がたまたまだが自分のワクワクする状況と一致し、情報を整理し、ものごとを進めていくという強みが活きてくる状況にあったと思っています。また、そのような厳しい環境の中で自分が成長している実感を持つことにすごく喜びを感じます。


◇まとめ
会社の創業というとイメージがわかないかもしれないですね。例えば、マックと同じ店舗を見よう見まねでいいので、立ち上げてくださいと言われたら、何から始めるでしょう?机と椅子を買わなきゃない…、キッチンを買って…、ハンバーガーのレシピを調べて…、アルバイトを雇って…、アルバイトの時給はいくら…?どこに求人を出せばいいの…?まだまだある…(汗)といった感じで、すべて自分で決めなくてはなりません。何から手をつけていいかも分からない。まさにカオスなのです。
私は、このようにカオスな状況を分析し、打開策を練ることが強みと自覚していますが、似たような状況でもサッカーの試合中のように、状況の流動性が高く、瞬間的に冷静な判断が要求されるような場面ではあまり力が発揮できないことが分かりました。そういう状況は好きですし、ワクワクします。でも、とっさの判断、瞬時の判断を他の人より優れているとは感じませんでした。だから、サッカーや消防活動の現場など刻一刻と状況が変わり、瞬時の判断が要求されるような分野では自分の力を最大限活用できる場ではなかったのです。自分は瞬間的な判断ではなく、一歩引いて、状況を俯瞰でいる場面こそ自分の良さが活きてくると思っています。強みというのもそのくらい絶妙なものなのです。10年以上もずっとサッカーをしていたのに、気づいていませんでした。自分を冷静に省みる機会もありませんでした。だから、自分の強みというのは簡単には分からないし、確信するにはものすごく時間がかかるのです。
私には起業という道は結果として正しい選択でした。いや、そういう未知の踏み込むワクワク感があったから起業したとも言えるかもしれません。起業というのは自分の力だけでなく、外部環境にも左右されることがありますが、失敗したとしてもそれでいいのです。失敗で得られることは大きい。次に活かしてまた進めばよいのです。大切なのは、今この瞬間に人生を楽しんでいて幸せかということだと思っています。周りに流されて生きている間はどんなに給料が高くても、労働条件が良くても、充実した時間を過ごすことはできないと思います。自分の居場所がここだと確信し、自分の人生を自ら生きている状況が、人生を豊かにする、そう信じています。

■人生を愉しくしたければ、自分のことをよく知るべし
私の場合は自分のことをこのように分析していますが、あなたの強みはどうでしょうか。自分のワクワクするポイントや強みを考えるときに、気をつけてほしいのは、自分は数学が好きとか、人と接するのが好きとか、そういう漠然としたものではダメだということです。数学が好きな理由をもっとブレークダウンして考える必要があります。数学のどんなところが好きなのか、例えば難易度の高い問題の答えを自分の力で出せた瞬間に喜びを感じるのか、世の中の現象をロジカルに分析することに喜びを感じるのか、同じ数学好きでもワクワクする箇所が違うことは多々あります。人と接するのが好きな人も、人が自分と接することで笑顔になるのが好きな人と多様な人と触れ合うことで自分の人間性が広がっていくことを喜びと感じる人ではワクワクや喜びを感じる部分がまったく違いますよね。
自分の興味・関心がある分野で、かつ、自分の強みを活かせる場所ならば、仕事は“やらされ”ではなく、”やりたいこと”に変わるため、楽しさを感じる対象に変わります。この受け身の状態ではなく、いかに主体的に仕事に取り組める状況に自分を置けるかということが非常に重要になってきます。
このような状況に身を置くことができれば、人は活き活き働くことができる、というのが私の考えです。私の場合は結果的に起業という選択が楽しく仕事をすることにつながりましたが、強みは人それぞれ違うため、活かせる環境もまた人によって違います。大切なのは、まず自分がどんなことにワクワクするのかを知ることです。ワクワクすることには、楽しんで取り組めるし、喜んで自分を成長させることもできます。今回、私がみんなに提案することは、進路の選択も含め、大学進学後の4年間で自分のワクワクポイントを把握し、自分の強みに対する理解を深め、さらに強化するということです。
私は社会に出てから、自分のワクワクするポイントや自分の強みに気付きましたが、大学在学中に自分について考える機会があれば良かったと心底思っています。大学4年間は自分のことに使える時間がふんだんにある時期です。社会人になれば、仕事にとられる時間も多く、仕事以外の様々なことにチャレンジする機会は少なくなります。さらに結婚したり、子供もできれば、自分のことだけに使える時間はもっと少なくなります。だから、社会に出る前に時間をかけて自分のことをもっとよく知るのです。自分のことをよく知っている人は自分をどう活かせばよいか知っているのでブレないし、とても強いです。

■自分の強みを大学在学中に明確にする
 大学在学中には、ぜひいろんなことにチャレンジし、勉学に励み、自分のことに理解を深めてほしいと思います。自分を客観視するコツとしては、自分がワクワクしている瞬間を逃さないこと。あとでもいいので何にワクワクしていたのか分析してみること。何度も重ねていくとワクワクすることの共通点が見えてくるはずです。
 自分の強みを知った上で、強みを活かせる企業を探すと、情報収集の精度や効率も格段に向上します。自己理解が進んでいれば、就職活動のときも、小手先の就活テクニックに惑わされることなく、自身を持って発言できます。自分の心の奥底から出た言葉は、発言の信ぴょう性が面接官にも伝わるので、内定をもらえる可能性も高まるでしょう。私も自分の会社の採用面接を行いますが、インターネットで調べて覚えてきたような美辞麗句を並べたような自分の言葉ではない言葉は、発言に重みがないのですぐに分かります。
何も就活じゃなくても、サークルや他の活動でも自分の得意分野、輝ける場があることがわかってきます。ぜひ、いろんな活動の中で自分を知る機会を持ってみてください。

■最後に
 私も自分のことを知るということに関してはまだまだ途上です。自分の秘めている可能性を信じて、日々成長する努力を続けています。仕事が楽しければ、人生は愉しい。そう心から思える人が増えれば、日本はもっと幸せな国になるでしょう。いま私はこのような価値観を共有できる仲間を集め、仙台から日本へ、そして世界へ価値を提供できるような会社をつくろうと頑張っています。皆さんも心からやりたい!と思えることをぜひ見つけてみてください。ここに書いたことが皆さんの輝かしい未来へのヒントとなれば幸いです。

編集後記

15年ぶりに宮城野高校に戻り、少し複雑な思いで過ごしていた自分は、同窓会総会の知らせを聞いた時も、進路指導部としては特に関わることもないだろうと考えていました。同窓会担当の藤原昇先生と話している時にも、同窓会組織の運営に苦労していることは聞いていましたが、同窓会総会に出席する予定はありませんでした。ただ、 「卒業生たちは今、母校のことをどう考えているんだろう?」 ということは、漠然と気になっていました。▼15年前宮城野高校を離れた後に勤務した高校は創立100年を超える伝統校で、還暦どころか喜寿を迎えようとする大先輩たちが、講演会や部活動のOB会などで母校のことを懐かしむだけでなく、在校生に期待することを「熱く語って」いました。一方創立20年 歴史の浅い宮城野高校では、1・2回生でも30代半ば。ようやく社会人として自立はしても、なかなか母校を振り返る余裕はないかもしれません。▼「部活動なし」「校則なし」でスタートした宮城野高校では、何かを始めるためには「自ら動き出す」ことが必要でした。「自ら動き出す」ことを経験して卒業していった先輩たちの中には、学生生活で、あるいは社会人になってそれを活かしているかもしれない、それを在校生に伝えることができないか。この企画を思いついたきっかけでした。自ら動き出すことになりました。早速、前ページにある「寄稿のお願い」(抜粋)を準備し同窓会総会で依頼した次第です。▼この冊子を刊行するにあたって、多くの方々にご協力を頂きました。執筆していただいた卒業生はもちろん、卒業生間のネットワークで原稿依頼を伝えていただいた、旧職員の先生方(遠藤吉夫先生、多賀努先生)にもお世話になりました。この紙面を借りて感謝申し上げます。

最後に、お世話になった先生方に宛てたメールの一部を付します:
『出来上がりを目にすることで、今回寄稿を見送っていた卒業生にも、自分も書いてみようと思ってもらえることを期待しています。
今回は1回生が主になりましたが、2回生、3回生、4回生、…へとこの企画が伝わって行き、回生を問わずに継続できればと考えています。
一方で、宮城野に関わった先生方(特に年次主任)にもこの企画が伝わり、卒業生に声掛けをしていただくことも必要になると考えています。
引き続き卒業生への声掛けをお願い致します。』

縣の眞中にて

宮城野高生的「社会人」生活
平成27年2月 発行 
 発 行  宮城野高等学校 進路指導部
 編 集  田邊元茂
 表 紙  峰岡 順
 発行所  宮城野高等学校
 印 刷  宮城野高等学校印刷室
 〒983-0021
 仙台市宮城野区田子2丁目36番1号
  Tel  022(254)7211
  Fax  022(254)7212
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